« 『ちょっといい御神籤(おみくじ)のお話』・・・みちりさんの体験に寄せて | トップページ | 『生まれ他界した全ての俳優志望者たちへのオマージュ…④』 »

2010年3月 1日 (月)

『生まれ他界した全ての俳優志望者たちへのオマージュ…⑤』

 ・・・・・・・・・お忘れだと思います。
最初の問い。

 たとえ「いっとき」でも成功した者、
脚光を浴びた者、
そして、ほぼ、注目も脚光も浴びず、金も稼げなかった者、
ひっくるめて、そう!すべての
『俳優を志し、家族を苦労させ、好き勝手やった人々』
みんなひっくるめて、奴らは幸せなのかどうか?
というクエスチョン。

 ぼんやりとですが わたくしには、答えが見えてきました……。

 思い出すことがあるんです。

 昔アルバイトをしていた頃の話です・・・・・・・・・・・。
その当時わたくしは、38~9歳だったと思います。
45~6のその人は泣きました。
バイト先の社員さんです。
休憩中の車内で、その人は泣いたのです。
私も花田さんのように、諦めず、何かを求めて、がんばってくれば良かった。
何かに夢中になり、他人に馬鹿にされようが何しようが、
必死で食らいついて、何かを求め続ければよかった。
自分には本気で打ち込めるものがなかった……。
それが悲しい、
と、さめざめと泣いたのです。
よくは覚えていないのですが、
2件目にお世話になった清掃会社で、
花田に少しずつ声の仕事が入るようになって、
度々アルバイトを休むようになった頃だと思います。

 わたくしはその時何と答えたか覚えていませんが・・・・・・・・・、
40近くなって、家庭がありながら、
日払いアルバイトをして、やりたいことにしがみついているおっさんを、
人が馬鹿にするのは当たり前だし、傍から見て、美しい光景ではない。
たまたまチャンスがやってきて少し上向きかけて来たその時は、
多少頼もしく見えたことでしょう。
でも、本気でそのまま、その仕事が『好き』でいられるかは、わからない。
努力を続けていても駄目になる世界です。
ましてや、『好き』でなくなったら消えるのは目に見えている。
その当時わたくしはたまたま仕事が増えはじめていただけ……‥‥‥‥‥‥‥……。

ああ!
そうかっ。

そうです。
単純なこと。シンプルなことなのです。

『好き勝手やらせてもらっていること』それ自体が、『全て』なのです。
『可能性を信じてがんばれること』それが『全て』なのです。
『夢中になれること』
『何かを思い切り好きであること』
が、『全て』なのです。

 わたくしの目の前で泣いた社員さんは、それに泣いたのですきっと。
『希望を持って、アルバイトをしながら、稀に来る小さな仕事に大喜びしているおっさん』
そりゃ羨ましいに決まっています。

 それを思い出すと、この文章で、花田が最初に問うた疑問の答えは、はっきり出ます。
もちろん『彼ら彼女らは、幸せ』なのだと、
断言します。
彼らは、幸せだった。
疑いようがありません。

 志半ばでこの世を去った者も?
イエス。

ただし、本気で好きであったなら、です。
人よりも好きであったなら、です。

『好きで夢中になっていた期間限定』で
『幸せ』だった。

 どのような小さな役でも、舞台でも、
そこに、希望という、根拠のない夢を持っている者には、
幸せなのです。

 皆さん思いませんか?
舞台を観に行くと、
最も幸せに見えるのは、観客よりも
役者の方ではないかと?
特に小劇場系はほとんどそうです。
彼らは幸せに決まっているじゃないですか。
演技、生き様、含めて、観に来る人々を幸せにするかどうかはともかく。(笑・すみません)

 ああ!・・・・・・・・、
もっと思い出してきました。

 わたくしにとって、この道に関する…最初の思い出です。
高校の2年の夏、生まれて初めて、人生の夢を、
2歳年上の兄に、勇気を出して告白しました。

「これは秘密だよ。僕は俳優になりたい。」

 兄はわたくしに、太宰治の『正義と微笑』を手渡しました。
その小説は、兄が小説家に、弟が俳優になるという、太宰にしては明るいものでした。
ああ兄は応援してくれているんだ、と、胸ときめかせて読んだものです。
 しかし……、ある日
兄が、彼の友人の、シニカルなぼんぼんのデブ(今はわたくしも堂々のデブ!)の一言を、
多感な十代のウラナリ君のわたくしに伝えます。
「あの顔で役者やるのか?」
w(゜0゜)w…………!
 当時わたくしは傷つきました。他人に漏らしたのも辛かった。
しかし、兄の、弟へのこの矛盾した行為の意味が、今のわたくしにはよく分かる。

 夢を『思いつめて恥ずかしそうに告白される』のは、
おそらくは、感動的なことなのです。
兄はきっと、そうしたおめでたい夢を持った若者に対して、
その『馬鹿さ加減への軽蔑』と同時に、『嫉妬の念』を持ったに違いないのです。
「あの顔で役者やるのか?」とは、兄のことばなのです。

 わたくしの前で泣いたあの人にも、
『おめでたい夢を持ち続け、小さいけれども仕事に燃えるおっさん』が、
羨ましかったはずです。

 つまり、夢を本気で追い、小さくとも舞台に立ち、勘違いでも感動し、
毎日を過ごせる奴らは、とりあえず幸せなのです。
傍からは知りませんよ?みじめにも見えましょう。

『好き』でなければなりませんがね?
人よりも何倍も何倍もね。

好きである間は大丈夫なのです。
そして、何かを本気で好きになり極めようとした者は、
たとえ失敗したにせよ幸せに違いないのです。
本気で愛し、(いや、愛そうとしただけでも、何も本気で愛そうとしなかった人より絶対幸せだ)
人生の「いっとき」でも、それに夢中になれた彼らは、
その期間は、むっちゃくちゃ幸せなのです。

『演劇には、演技には・・・・、それほどの魅力がある。』

『俳優になりたい』と、本気で願う者はたぶん稀なのです。
普通の人間は、ちらと思いつつも、人に告げるにまでは至らず、忘れる『夢』なのです。
また『恥ずかしくて、そう簡単には宣言できない夢』なんです。

 もう少し云いましょう。そう簡単に口にしてはいけない夢なのです。
・・・・・・・・・・・・・たぶん。
それを口にする奴は、ある意味、選ばれた者らなのです。
成功するという意味ではありません。
思い詰めて宣言する者が、『ものすごく決心をしているはずだ』という話です。
宇宙飛行士になりたいとか、医者になりたい、というのとは、何か違う、
私に云わせれば、人間にとってかなり本質的な、本能的な『願望』であり、
それを口にする以上は、神から啓示を受けているはずなのです。
『つまり特定の宗教に入信してしまう行為に等しい。』
 俳優は、巫女や預言者、「さにわ」なのです。
つまり俳優になる、とは、ある意味
『向こう側に足を突っ込む』行為なのです。 
 そしてそういう人々にも当然、力に優劣がある。偽者もいればホンモノもいる。
しかし俳優の本質から考えれば、演じることに、
巫女的預言者的エクスタシーが伴うに決まっている。
当然インチキ役者も、崇高な名優も含めてトランス状態が楽しめるに決まっている。
『だから諦めるのが大変なのです。麻薬みたいなもの。』・・・・・・・・・・・・・・。

 わたくしも幸せです。
しかし、両親や、そして家族に、
どれだけの迷惑をかけて来たことでしょう。
そして家族にはこれからも、いかなる迷惑をかけていくことでしょう?
あるいはそれが原因で、いつ引導を渡されることでしょう?
そして、『虚しさ』も、ずうっと続いています。
アルバイトの日々と、基本的にはなんら変わりないのです。
日雇い仕事です。いわば派遣です。
それも、かなりいかがわしい仕事です。
その仕事の内容の一貫性の無さと云ったら!・・・・・・。
明日の保障は一切無いと云っても過言ではありません。
だから、鈍感でなければ駄目なんです。
わたくしを含め、自分勝手な人が多い職種です。
とにかく適当な性格であることが無難かもしれません。
要するにキリギリスさんなのです。
はた迷惑な人々なのです。
『虚業』・・・・・・という言葉の何と似合いすぎる仕事でしょう。
我々、俳優、声優という仕事。
わたくしも、いつまで食えるか、来月はどうなのか
一応心配なのですが、
家族ほど悩まないところが、実に最っ悪の、人間なのです。
わかっているのです。
が・・・・。
           ・・・・・
 同業の人間が、「何かやらかした時」に、
次のようなフォロー?を時々耳にします。
「まーあのお・・・、役者さんですからねえ・・(仕方ないかと・・・。)」
 
 演技の出来る解体屋(←ちなみに現在は『演技もできる熟年モデル』と聞きました)
が昔云ってました。

「映画のプロデューサーとかふざけすぎでしょーお、
役者なんだから人ひとりくらい殺さないでどーする?とか
平気で云う奴がいるんだよねえ。」

 だから勘違いして、ほんとに犯罪に手を染めたり、
ほんとに人を殺してしまったりする者が、時々現れます。
彼らが名優の埒外であることはもちろんですが、
『人』の埒外であることも当然です。

 ただ、俳優という人々の中には、
そういう「アブナサ」を全部ひっくるめて『抱え込んで生きている』ひとが、
昔は多く居た気がします。
                ・
 わたくしがオマージュを捧げた『彼』は、まさにそういうタイプの男のひとりでした。

 俳優とは、おそらく「特別な人」のはずです。

 俳優を志す以上は、何が『特別』なのか?
自分は何を『特別に愛する』かを、
『何ゆえに自分は特別か』を、
『自己決定』し『宣言』し、
真摯に追求していくべきだと思います。
売れるか売れないかは…様々な要因があり、
成功が待つか頓死か、先のことは誰にも分りはしない。
本人がやるのみ、なのです。

 しかしわたくし思います。
強烈な何かを抱えた奴が、
最近妙に少なくなったと。
勘違いでも、みっともなくても、
見た目どんなに痛くても、
『何か「とんでもない奴」はいないのかよ!?』と、
前述のプロデューサーの気持ちも、
実はわからんでもなかったりするのです。
若い頃の、『飢餓海峡』の三國連太郎とか、
その昔、実在の麻薬中毒患者の凶悪犯役でお茶の間デビューした、
大地康雄とか、あんなとんでもねえ役者、いませんかねえ?!
己のことは棚に上げてすみません。
超長い文、お疲れさまでした。
おつきあいいただき
誠にありがとうございます。 
これで『彼』も、少しは浮ばれる、気がしています。
それから、俳優を志し、
生きて、死んだ、全ての魂に、黙祷……………。

            2010年 2月 28日

             花田光こと伯林青 拝

|

« 『ちょっといい御神籤(おみくじ)のお話』・・・みちりさんの体験に寄せて | トップページ | 『生まれ他界した全ての俳優志望者たちへのオマージュ…④』 »

コメント

今回の話、私のいとこを 思い出させます。彼は 私のFAVORITEのいとこで、映画が大好きで、本をよく読んでいて、書くことが好きで。本の話になるとき、 私は 精一杯背伸びして 自分はこんな本も読むのよって ちょっと SHOW OFFして。でも 世間一般でいうと 彼はとんでもない 人で、間違いなく社会から 外れた人 だと思います。いろいろ 寄り道をしながら でも、自分の好きなことをやり通した。彼が 映画のこと(それだけではないけれど)を書く仕事をしていることを知ったとき 物凄く嬉しかった。自分のことのように 嬉しかった。私も 書くことをしたかったから、、、いろいろ寄り道して やっと ここまで来た。 年月がたてば 周りも自分もかわってしまうって。本当に自分が何を好きなのか、何がしたいのか、見ないようにしてきた。だって そんなこと 無駄なような気がして。生活するのに それは 重要なことなの?って。好きなことを ずっーと 好きでいて やり続けるのは 簡単ではない、OR 無理だって。でも、最近分かったのは いつまでたっても 好きなものは 変わらない。やっぱり 好きなものは 好きで MAKES ME REALLY FEEL GOOD.

投稿: MIKA | 2010年3月 2日 (火) 15時50分

「これを飯のタネにしたい!」というものがなかった(今でもありません)私から見ると、『向こう側にいってしまった野獣のような彼』も『アルバイトをしながら少しずつ夢に近づいていった花田さん』もとても素敵です。
(『彼』の下半身の野放図さにはちょっと引いてしまいましたが…)
「テレビやビデオに出て全国的に顔が売れた俳優」も
「テレビには出たけれど地味な有象無象で終わってしまう俳優」も
「舞台のみで頑張っている俳優」も
「ひょんなことから声の仕事をするようになった舞台俳優」も
皆、好きでやってるから幸せ。そう思うととても羨ましいです。
舞台を観に行ったとき、カーテンコールでの俳優さんが皆嬉しそうなことの理由が今まで以上に分かりました。
素敵なお話、ありがとうございました。

投稿: みちり | 2010年3月 1日 (月) 14時27分

困ったことに世の中には、たとえば俳優じゃなくたって、こういうひとって結構います。
程度の差はもちろんありますが、不治の病は皆おなじです。

病名がつくかつかないか。
死んだとき、新聞に載るか載らないか。

でもどうせみんなゆっくりと死んでいくのなら、持ってる機能、ぜんぶ使ってから死にたいよねってすごく思う。

幸せな臨床例。

今日は私、実に4年ぶりの大風邪をひいているので、これ以上は一文字も打てません。


投稿: sanagi | 2010年3月 1日 (月) 02時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 『ちょっといい御神籤(おみくじ)のお話』・・・みちりさんの体験に寄せて | トップページ | 『生まれ他界した全ての俳優志望者たちへのオマージュ…④』 »