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2010年3月 1日 (月)

『生まれ、他界した全ての俳優志望者へのオマージュ…③』

 あの夜のブラウン管の中の「彼」…。
アクションスターになるのだ、と、早くに『自らの人生を決定した若者』が、
本当に望みを叶えた瞬間でした。

 その番組に出るのだと夢見て、CMの流れる間腕立て腹筋をして身体を鍛えたと聞きます。
で、本編が始まると、その中学生は、テレビに噛り付いたのです。
「何じゃこりゃあああああ!」と叫んで番組内で死んだ、
『彼の神さま』が進んだ道を、
阿呆のようになぞり、本当に実現させた。
今思えば、「彼」には、芸能界へのコネなどと云うものは関係なかったでしょうし、
必要もなかったことでしょう。
馬鹿さ加減が素敵で
爽快。
実にシンプルな、サクセスだったのです。
「彼」は野獣のような、
もろ肉食系の男でした。

 「彼」のデビュー前年のことです。こんなことがありました。
演劇研究所昼間部の軟弱青年達が、稽古場に残ってオネオネたらたらしているところに、
ドカチン仕事を終えた?「彼」がやってきて、
稽古場にあるステレオに針を落とすと、
ロッキー3のテーマ『アイ・オブ・ザ・タイガー』がガンガン鳴り始め、
曲に合わせて猛烈な速さのサーキットトレーニングが始まったのです。
日焼けした屈強な肉体が、昼間部の青年たちには眩しく、畏怖の念を抱かせました。
またそれが嫌味でも何でもないんです。
我々は、思わず会話を中断し、奴は何者だ?!と囁き合った。
演劇研究所には夜間部もありまして、「彼」は夜間部の研究生だったのです。
その日はおそらく日雇い仕事が早く終わってしまい、
身体が物足りなかったのではないでしょうか。
(夜間部には、昼間働いている者や、学生、高校生、
学校の先生も通えたと聞いています。)

 あの日テレビに、疾駆する『彼』を見た青年たちは猛烈に嬉しかった。
奴だ!奴が遂にデビューした!本当にデビューしやがった・・・・・・・・。
こんなに分かりやすい成功は、嬉しいに決まっているじゃないですか。
確か彼は研究生当時すでに結婚していて、赤ん坊もひとりいたのでした。
昼間は肉体労働で金を稼ぎ、ぼろアパートに住み、夜は演劇研究所に通う。
当時彼と付き合いのあった昼間部の同期の男が云ってました。
(そいつは、売れた俳優の1人息子で、超ハンサムな心優しい青年でした。
身体が弱く30歳を目前に急逝しました。)
『安アパートでさ、
部屋の奥の方で若い奥さんが赤ちゃんにオッパイを含ませててさ、
なんだかその光景がいいんだよ。
んで玄関の靴脱ぎで、安全靴の紐緩めながら彼が云うんだよ。
「ええやろお?・・・・ええもんやぞお、家庭はあ。
じゃが・・・・、そおやなあ、せめて、
何とか「コーポ」と名のつくアパートに
そのうち引越したいのお。」』

(「彼」はおそらくは、「○○荘」というような木造のアパートに住んでいたのです。
ちなみに花田の当時の住所は、渋谷区富ヶ谷○丁目「田辺方 竹の間」四畳半でした。)

 わたくしは彼と、ひとことくらいしか口を利いたことがありません。
いや正確にはこちらは頷いたり微笑んだりしただけかもしれません。
前述の通り演劇研究所は昼間部と夜間部に分かれていましたし、
まったく別世界の人間でした。
花田は線の細い『似非インテリタイプ』(笑)。
危険な制御不能のフェロモンを全身から放射する
マッチョな彼とは、無縁の存在だったのです。

 時が経ち‥‥、研究所を放り出されて何年かしたある日、
研究生時代の同期の男の結婚式に招かれ、
彼とテーブルを共にします。
彼はもちろん役者代表でスピーチをさせられました。
「役者は食えません。」
と、何度も口にしていた気がします。
当時、別の劇団の演劇研究所・・・・

(←わたくし本当はその劇団の洗礼を、高校時代に受けていたのです。
わたくしと同世代に近い、個性的な俳優をその後、多数輩出した劇団です。
ちなみにそこも後年ハリウッドスターを輩出していますよ?
声で活躍されている方もいます。)

・・・・に通い直すアルバイターだった花田は、
とんだ御冗談を、と、思ったものでした。
そんな彼が、中華の大きな円卓の向こう岸から花田に手招きをしたのです。
はじめは人違いかと思いました。接点のないわたくしに彼が用がある筈がない。
しかし次には名前で呼ばれたので、観念して近づきました。
彼はその日本人離れした顔をわたくしの耳に寄せると云いました。
「花田にはな、ちょっと云うとかなきゃならんことがあるんや。
俺はあ、あの養成所(演劇研究所)の女、ヤリたいと思った奴とは大体ヤッタ。
だがのお、たったひとりだけ、どーしても落ちん女が居ったんよ。
理由を聞いたらのお、
私は昼間部の花田さんのファンやから、あんたには興味がない、
絶対やらせん、っとハッキリ云われてのお、
遂にその娘とはできんかった。
いやあ、これは、伝えておかないかんという気がしてなっ。」

ポンッと肩を叩かれました。
実に嬉しかったです。猛烈に嬉しかった。
これは、性格俳優として地味に生きることを運命づけられているのを
本能的に察知していた青年には、
それでも実は超のつくナルシストだった末生り(うらなり)青年には、
尋常ならぬ奇跡の福音だったのです。
彼の声がおそらく数日間は、胸中にこだまし続けたはずです。
しかし、さすが野獣!「家庭はいいもんやぞお」と、
しみじみ云っていた彼は、いったい何だったのか?!

 そんな‥‥愛すべき、我らが出世頭、唯一のスターであった『彼』‥‥‥。
デビューの刑事ドラマは、時代の流れか視聴率も低下してゆき、
彼は殉職出来ぬまま、番組打ち切りとなったようです。
Vシネマなどではいくつか主演などもしていたのを、
前記の如く、後年レンタル店で見かけました。

 そして・・・・・、
40代半ばで、原因不明の自殺。
この世を去りました。
 良くも悪くもエキセントリックな生き方を貫き通した結果のようでした。

 まったくもったいないことです。
生きてさえいれば、とりあえず生き永らえてさえいれば、
いつか、いつか、思いがけないチャンスが来たかもしれぬ。
次があったかもしれぬのに!
晩年の彼の容貌は、まるでマーロン・ブランドのようでした。
誰かが使ったはずです。
もっと人生を、大切に生きていれば・・・。

 彼以外で、あの同期の人間で、とりあえず一時(いっとき)でもスターとなった者を、
少なくとも人気テレビドラマのレギュラーを取れた者を、
残念ながらわたくし、ひとりも知りません。 
その後、何十年、世に顔の売れた者は、
あの中から、男女共、誰一人、現れることはなかったのです。

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