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2010年3月 1日 (月)

『生まれ他界した全ての俳優志望者たちへのオマージュ…④』

 この世を去ってしまったその怪優の、何を尊敬していたかと云いますと‥‥‥、
実は演技どうこうではなく、晩年のエピソードなのでした。
一度はスターになった彼が、解体屋をやっていると、耳にしたのです。
聞いたところ、解体業には、型枠解体と木造解体の二種類あって、
彼は木造解体をやっていた。木造家屋を壊し片付ける仕事。
肉体労働スーパーヘビー級、超危険な仕事です。

 彼は、某有名プロダクションをクビになったのです。
芸能界を時に賑わす、それをやってしまうと復帰はかなり難しい問題
(ご想像にお任せいたします)を起こし、
所属事務所をクビになり、解体屋で食い繋ぐこととなったようです。

 凄いと思いました。
わたくしにそれを教えてくれたのは、彼の友人で、当時自らを
『演技の出来る解体屋』と呼ぶハンサムおやじでした。
花田が30代で、掃除屋で食べていた頃のことです。

(わたくしは、5年ほど、ひとつところで働き、
その後役者復帰を考えたのですが、
どこも相手にしてくれず、
泣きの涙で声優専門の事務所に絞り、
奇跡的に所属が出来たのでした。
その後は、『声優も出来る掃除屋』を自称する日々が、
4年近く続きます。)

 当時はまだ景気もそれほど悪くもなく、乳飲み子を抱えた30男に、
最初に勤めた清掃会社は特別に、日給1万2千円もくれていたと記憶しています。

 仕事の内容は、都内をはじめ東京近郊のオフィスビルの床(ピータイル及び絨毯)や、
マンション共用部・通路階段の清掃でした。
若者を引き連れて、車で走りました。
もっと金が必要に思ったわたくしは、
演技の出来る解体屋に、
解体業を紹介してくれないかと聞いてみましたが、
『無理無理っ。花田人(←研究生時代の私のあだ名です)、一日で死ぬでしょっ。』と、
取り合ってもらえませんでした。

 彼の噂は、他の人物からも耳にしました。

 昔テレビの「変身モノ」で活躍した人
(↑その人も若い日に、一度はいい夢を見たひとりです。)
が、やはり肉体労働している時代に、
新宿の『万年屋』で、『彼』が
ゴム手袋を選んでいるのを見かけたことがあると云うのです。・・・・・

(『万年屋』とは作業着のデパートです。
わたくしもよく買いました。品揃えが良いんです。
声の仕事で時々寄る会社のスタジオの近くなので、今でも時に覗いては、
デザインのいいのを見つけると、
ゴム手や繋ぎ、防寒着を意味無く、つい買いそうになってしまいます。)

 ・・・・・それを聞いたわたくしはイメージしました。
白いタオルを頭に巻き、
ランボーのような迷彩のタンクトップを着た彼が、
『新宿ブルース』という、
歌詞付きの耐油手袋を手に取る姿を・・・・・・・・・・・。

(すごいネーミングでしょ?奇妙な手袋です。
実在したんです。
確か演歌の詞が、袋の裏に印刷されていました。
たぶんCDも出ているはずです。
歌手志望だったゴム手袋製造会社の、社長の歌?かもしれません。
若き日に、新宿の高層ビルの建築にでも携わったかもしれません。
哀愁溢れる商品名なので、鮮烈に記憶しているのです。)
 
 『彼の葬儀』を取り仕切ったのは、なんと『演技の出来る解体屋』でした。
一応芸能人だからと値段をふっかけてくる葬儀屋さんと戦い、
死後残された二十歳そこそこの奥さんと乳飲み子・・・・

(その約20年前、デビュー直前にもそっくりな妻子が居た彼よっ。
まったく何度結婚したのでしょうか?!!! w(゜0゜)w !!!)
・・・・・に借金はさせまいと、奔走していました。
演技の出来る解体屋、いやあっ! 実に好人物なのですよ!!!

 故人は、ある程度名の知れた芸能人だったのですが、
昔彼が所属していたプロダクションの俳優は、
ひとりを除き誰も顔を見せなかったようです。
そのひとりとは、有名俳優で、通夜も葬式も、ご夫婦でいらしてました。
彼とはおよそ縁のなさそうなインテリ系の俳優さんで、
野獣系の彼の、意外な交友関係を垣間見た気がしました。
 そうです。そういえば、アクション系の大スターさんがひとり、
出棺の車を遠くから見送りに来ていたのが、とても、印象的でした。
たとえ過去に過失があっても、
送りに来た人々の心の中には、
それぞれ、『彼』が生前感じさせた『何か』が、あったのでしょう。
それは、あのデビューの夜、わたくしが『見たもの』に相違ありません。
彼は、ある意味、
「究極にシンプル」で、涙ぐましいまでに「美しい奴」だったのです。
間違いありません。

 彼がもし、伯楽に会うことが出来て、伯楽が彼を御していたなら・・・・
どんなに素晴らしい華が咲いたことだろうか!?もったいない。

 本当に見送る者だけ居ればいいし、あの葬式は、そういう葬式だった気がします。
もちろん、多くの女達が、お棺の中の彼に、まさしく号泣しながら献花をしていました。
『泣き屋』の存在しないこの日本で、
ある意味本当の涙であの世に召される『彼』の、面目躍如、というところでした。

 『演技の出来る解体屋』は、心のこもった素晴らしい弔辞と、横笛を披露しました。

 後に知ったことですが、
解体業は実は、故人から紹介してもらったとのことでした・・・・・・・・・・。

 ひとり、波乱万丈の人生を駆け抜けた男の話をしました。

 しかし現実には、彼のように たとえ一瞬でも脚光を浴びることなく、
人生を終えて行く者が、あとを絶たないのです。

       ④ここまで・・・・≪続く≫ 

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